|

ハウスの時代:音楽と共鳴する過去と未来 by 栗原良子

黄金週間の始まりに、隣駅、稲荷山公園で開催されたHMF(ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル)へ行った。野外フェスは初めての体験である。
ハイドパークとよばれるこの広大な緑地公園は、かつて米軍居留地であった。
一九六三年に返還された時、ハウスとよばれる、米兵が住んだ、白く塗られた平屋の木造住宅が、基地の周辺に小さな村のように残り、その後再開発賃貸された。住人の多くは自由業の若者たちで、音楽やアートで交流しながら、住み着いていた印象。
ハイドパーク脇のハウスには、ミュージシャンの(以後敬称略)小坂忠、細野晴臣らが住み、今回のフェス主催者麻田浩は現在も居住している。自分より年長の、団塊と呼ばれるこの世代の活動は、新しい文化を取り入れ、先進でスタイリッシュだった。
同じく基地のある隣町、福生のハウスを舞台にした小説で、美大生だった村上龍が芥川賞デビューしたのも同じ頃・七六年。文学部のイケメン同級生が、先に書かれちゃったと言ったのを記憶している。大瀧詠一のスタジオもあり、ハウスは時代の先端コミュニティであった。

中央ステージでは、告知されたスターミュージシャンの演奏が続く。
フードエリアの先にサブステージもあり、そこでもライブ演奏されているから、木立の中を自由に移動できる。ショップのテントはたくさん設営されて、遊び場もあり、キャンプ場や遊園地のようであった。自由に移動しながら、一日中楽しむことができるのだった。
ステージ正面に、持参した折り畳み椅子を広げ、仲間たちと飲食しながら、立ったり座ったり。歌と演奏を全身で味わった。
トリビュートと冠されたプログラムからは、主催者の思いが伝わっていた。讃辞、感謝、追悼。昨年亡くなった小坂忠と、かつてここで歌い、二〇〇九年に死去した加藤和彦の楽曲を、著名なミュージシャン(HMFで検索を)も加わり、結成したバンドが演奏する。

自分は三十代のころ、今はジョンソンタウンとよばれる、会場からも近い入間市のハウスタウンに、幾度も訪れて語り合った友人がいた。ハウス内部をワンルームのように使っており、ソファに座ると開け放しのコンクリート壁の風呂場が見える。もらったとか、拾ったとかいう自然木の家具を上手にアレンジして、料理センスのすばらしいまっすぐな人。彼女とは数年で会えなくなってしまった。
この時、つまり九〇年代の初め、その友人のハウス近くには、HMFのトリビュートシンガー、西岡恭蔵が住んでいた。今回初出場のイーノマヤコも。
飯野家は西岡家と親しく、作詞家で妻のKUROと、追って亡くなった西岡恭蔵の最期を、マヤコの両親が看取った。家族以上の絆が友人にあることも、ハウス文化の特徴のように感じている。
自分は団塊世代の社会運動を観て育ち、行動力のない、三無主義と名付けられた世代である。価値観を牽制する親世代とは確執があり、十九歳で家を出、友人とも家族の話をすることは少ない。孤独感とラブソングはテーマだったが、家族を歌うフォークソングは知らない。そのような時代の気配が、あったと思う。
イーノマヤコの歌を聴いて気づいた。透明で野草を摘むような歌。子どもの帰宅を待つ『黄色い帽子』には、生け垣や灌木を感じるやわらかな夕暮れがあり、なつかしのハウスと呼びかける『レモネード』からはここで育った幸福感が伝わってくる。
初日出演の笹倉慎介も、ジョンソンタウンにスタジオを設営したシンガーで、海中に漂うようなくつろぎに満ちた声。わが子世代にあたる彼らの軽やかさに驚くと同時に、いまだに溶けない自分の拘りにも気づかされる。この世代の表出する穏やかさは、愛された証かもしれない。それから多分、どこかで死を体験している。ハウスで生まれた柔らかな才能が、天上から見守る先達につながっていることを感じたのだ。

演奏は九時を過ぎても続いていた。
あたりが暗くなって、音楽に覆われていると、激動の、貧しかった六〇年代、七〇年代、団塊も三無主義も同化して、二〇二三年の今に流れ着いてくるようだった。亡くなったアーチストの残した曲を、仲間のミュージシャンが歌っている。
若かった自分の変節点や、実現できなかったことごとの理由が一つずつ、見えてくるような感覚を覚えた。当時の自分には見えなかった事情や理由が、音楽と共に湧き出たのである。音楽に包まれながら、意思とは関係なく、涙が間断して、幾度も流れ出た。
時代という空気、時代の流れというものが方途無く人々を覆って存在することも感じていた。親の時代はもっと過酷であった…六〇年以上を体験したこの日の、感慨である。
かつてハウスの時代があった。

(「俳句誌「ににん」91号掲載より寄稿)

栗原良子

栗原良子
1955年東京生まれ。詩人正津勉、俳人岩淵喜代子に師事。俳句誌『ににん』同人。入間市在住。


SHARE :

関連記事: columns