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トノバンズ物語:加藤和彦トリビュートバンド By 平松稜大(たけとんぼ)

開演前、楽屋で練習したとき隣に座っていた坂崎さんが僕に「『不思議な日』のここさ、開放弦使ったらフレーズ弾きながら次のコードの準備できるんだよ」といって加藤さんから直接教わったという曲中のフレーズを教えてくれた。加藤さんのギタリストとしての能力の高さを思い知りながらも、坂崎さんのギター小僧ぶりにも感服した。やっぱり音楽好きというものは、ファンとして共有せずにいられないもの!
Aメロの4小節目…で合ってるかな。あそこです。

バンドが戻り、あらためてメンバー紹介が行われる。

「リクエストがきてます」
「すごいですね、どこからきたんですか?」
「僕からですよ」

坂崎さんが来たことによって、MCがきたやまさんのひとり喋りからふたりの掛け合いへと姿を変える。長くなるので割愛させていただくが(この前後で舞台監督がきたやまさんの譜面台にでっかい赤い字で『おしてます』と書かれた紙を置いていったのは内緒である)…

「去ってゆく人。取り返しのつかないことはするな!そう思って、泣きながら書いた歌です」

2002年リリースのザ・フォーククルセダーズのアルバム「戦争と平和」から「感謝」。
この曲が発表された当時は、もちろん加藤さんもご存命であったからこれは加藤和彦に宛てた歌というわけではなかったのだが、結果的にそういった意味をおびて聴こえてきてしまうのは皮肉なことであるとも言える。かつての曲たちと加藤さんの死がリンクしてしまった。そして本来望まない形でその一連をまとったザ・フォーククルセダーズという現象に皆惹きつけられ、飲み込まれていったとも言える。まるで─そんなことはあってはならないが─そんな運命があったかのように。

歌は生きているというのは本当のことなのかもしれない。この曲を聴いてそう思った。

ちなみにこの曲で坂崎さんはカポなしのD、もしくは2カポのCで弾かれるだろうと思ったので、僕は7カポのGで弾いた。そうすることで同じストロークやフィンガーを弾いても、和音が分散して音に広がりがでる。こうしたやり方はまさしく坂崎さんから学んだことだ。そのときはこんな日が来るとは思わずにいた。メイキングッシングスベター。

「もう一件、リクエストがきてます」
「だからそれはどっから来てるんですか」
「僕ですよ…!こんな曲は僕しか歌わない」
「きたやまさん『しか』歌えないんですよ!これは。加藤和彦がこれを書いて、きたやまさんが歌うという…こんなことは、こんなコンビは他にないです」
「こんなって、どういうコンビなんや」
「こんなひどい…違った、こんなすごいコンビ、今後も出てこないと思いますよ」

思いきりヘビーなイントロ。坂崎さんとともにアラビア風のギターフレーズを重ねていく。あわせているんだか、ぶつけあっているんだか。

「コブのない駱駝」。
原曲より数段パワフルなアレンジで、演奏しながらもきたやまさんの歌に酔いしれる。というより、酔う。泥酔する。世界にのまれ、前後不覚に陥る。

「ヨッパライ」とも通ずるナンセンスさが当時の時代の空気を感じさせるとともに、フォークルがアングラ・フォークの旗手と謳われていたこともあらためて納得。このパワーはそう出せるものじゃないな。演奏がというより楽曲、歌詞自体に破茶滅茶なエネルギーがこもっている。そして、それをライブで再現することで浮かび上がってくる真理がある。コブのない駱駝は僕たちのことなんだ。

また余談にはなるが、最初のリハーサルの時、車座になったバンドのなかで僕とギターの澤部さんはちょうど向かい合う形で演奏していたのだが、リハでも本気なきたやまさんのセリフと声に「本物だ!」と顔を見合わせて、畏敬の念が混じったような強烈な喜びで顔をほころばせたものだ。だって本物なんだもの。

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