トノバンズ物語:加藤和彦トリビュートバンド By 平松稜大(たけとんぼ)
加藤さんの遺したドブロのかわいた音が青空にひびいて、「光る詩」がはじまる。Chihanaさん自身のアルバムでもカバーされている76年の名曲だ。
このバンドは、それぞれが全くちがうジャンルのメンバーが集まっているにもかかわらず、こうして合わせて音を鳴らすと70年代のウエストコーストやサザンロックのありがたきサウンドに近づいてゆくのは各メンバーの音楽性の引き出しの多さからくるものなのか、ハイドパークのあの場がそうさせるのかは謎だ。きっと両方だと思うが。サビで僕がChihanaさんの3度上でハモるのはなかなかにうまくいった気がする。
そのまま続いて演奏される「家をつくるなら」は僕のリードボーカル曲だ。「スーパーガス」とおなじアルバムに収録されている曲だが、今回は2013年リリースのザ・フォーククルセダーズのアルバム「若い加藤和彦のように」収録バージョン準拠でやった。「元ネタ」がわかりやすくて、ついニヤニヤしちゃうアレンジだ。
ギターの澤部さんとバンマス河合さんのコーラスが良い!いい具合に抜けてくれる澤部さんの声とやわらかくどっしり支えてくれる河合さんの声の相性は抜群だ。とても歌でリードをとりやすい環境をととのえてくれた。高野さんのエレキギターと佐藤さんのオルガンがやさしくやらしく絡む。各メンバーの楽器がそれぞれに邪魔をせず、かつ存在感をもちあっている。いいバンドってこういうもののことを言うのかなーと青空を見上げ歌いながら思っていた。さっきのMCのわりにはずいぶん気楽なものじゃありませんか。
ここからゲストボーカルの時間がはじまる。Petty Bookaのおふたりがやってきた。サブステージでも出演していたおふたりはウクレレデュオだからといってハワイアン一辺倒ではなく、古きよきアメリカン・ポップスのカバーもたくさんやっていたのが印象的だった。90年代後半にデビューしたPetty Bookaのデビュー曲は加藤和彦作曲、北山修作詞の「白い色は恋人の色」だ。プロデュースは麻田浩。この日にやらずしていつやるか。
レゲエに近いアレンジで曲は運ばれる。レゲエ・ポップなんて言葉があるのかわからないが──佐藤さんのシンセサイザーのリフを目印にしつつ、流れるように進行していく。とても良い気持ちでスリーフィンガーを弾かせてもらっていたが、舞台袖でChihanaさんは「私も弾けるのに…」と悔しい思いをしながら眺めていたそうだ。トノバンズ中核メンバーとゲストボーカルのちょうど真ん中にいる不思議な立ち位置だったようだ。
白井貴子さんが呼びこまれる。白井さんは想像していたとおり…いやそれ以上にあたたかくやさしく、そしてちょっとぬけているのがとてもチャーミングな方。ロックの女王であることは勿論なのだが、リハーサルの間も誰かが話していると微笑みながら両の手でマイクを握りながらウンウンとうなずきながら耳を傾けて聞いておられた。初めてお会いしたのに、言いようのない安心感を感じる。2016年に「きたやまおさむを歌う」と銘打った共作アルバムを出された白井さんはその収録曲から「手と手 手と手」を歌う。2008年に某社のCM曲として加藤さんが作られた曲で、加藤さんが亡くなられたことでほんの短いあいだのOAでのみしか聴くことのできなかった曲だが、13年には第3期フォーククルセダーズにおいて北山・坂崎ご両人でトラックを追加し、アルバムに収録された経緯もある。進行とメロディはまさに加藤和彦節といった感じで、大陸を想起させるペンタトニックスケールを主軸にした大きなメロディは、この後演奏される「イムジン河」からの系譜を感じる(イムジン河自体は加藤和彦作曲ではないが)。
曲の最後の最後、白井さんが歌詞を飛ばした。「ちょっと間違えちゃったかもしれません〜!」トノバンズのメンバーはニコニコだった。ドラムのユカリさんが体勢をたてなおし、最終フレーズをもう一度歌って曲がおわると、きたやまさんがステージに戻ってきた。
「いま、やり直した?!えらいねえ〜!なかなかやんないよ!みんなごまかしちゃうんだから」
人柄があらわれて、結果お客さんも我々も笑顔になる。この「歌詞事件」、書いていいものなのかすこし悩んではいたが、トノバンズの我々もふくめたあの場所がそれでもいい、なんならそれがいいといったくらいにまとまっていたのだから(と思っている)、その場の雰囲気をすこしでもお伝えするために書かせていただいた。白井さん、お許しください。