トノバンズ物語:加藤和彦トリビュートバンド By 平松稜大(たけとんぼ)
トノバンズ物語:加藤和彦トリビュートバンド By 平松稜大(たけとんぼ)全7ページ
かわいた風が耳元をなでて、やがて訪れる夏の気配を感じとれたのは、この日がたぶん今年で最初の日だった。
4月も末、まだ肌寒い日もある。初夏というにはまだ少し早いくらいの季節である。
JR池袋駅から西武線に乗りかえ、数十分ほど揺られる。窓の外を流れる景色が、ビル街から住宅街、そして田畑へとだんだんうつり変わってゆくさまをながめながら、僕はまるで子供のように高なる期待に胸をふくらませていた。
待ち望んでいた日がやって来たのだ。
話はさかのぼるが──昨年11月のことである。僕はお世話になっている斉藤哲夫さんという方と電話をしていた。完成した自分のアルバムのこと、最近はお元気でライブ活動などされているかなど、世間話をまじえつつでは今度お茶でもとお話ししたところ、「それだったら今度渋谷で昔からのなじみがイベントをやるらしいんだけど、一緒に行こうか」と言われたのだった。
そのイベントは、かつて70〜80年代にNHKラジオにおいてサウンド・ストリートという番組を制作していた湊氏という方が、自分たちより若い世代の音楽家をあつめて演奏会をし、70年代と現代の橋渡しをしようというコンセプトのライブ企画であった。それに出演していたのが、そのなかでは最若手にあたる奇妙礼太郎氏、僕たちのアルバムの制作でも多大なるご協力をくださった曽我部恵一氏、そして今回トノバンズで同じメンバーとなる高野寛氏であった。
ライブを観て、その終演後のフロアで高野さんとお話をした。もちろん高野寛という人自身は知っていたが、生で見るのも話すのも初めてだったし、せっかくなのでこういう者ですと持ってきていたアルバムを渡した。ついでに、自分の好きな音楽や高野さんのルーツ、さらにはギターのエフェクターのことまでずいぶんと具体的なことまであれこれとお話しさせていただき、その日はお開きとなった。
その数日後のことである。高野さんから連絡があった。
おりしも、そのころ企画のたちあがった加藤和彦トリビュートバンドにおいて高野さんはギターを任されていたが、アコースティックギターのスリーフィンガーなど、専門外のプレイができる人間が必要だということになり、そこで高野さんはそういうことならそういえばと、つい先日出会ったばかりの僕の名を挙げてくださったのだそうだ。
まさしく白羽の矢。そんな気分だった。
人生のひのき舞台。それもそうかもしれない。
それから季節は矢のように過ぎさり、そしてリハーサル、それからまた本番のこの日。とんでもない早さだった。
ついにこの日がやってきたんだ、と僕は電車の窓におでこをくっつけながら、こみあげる笑みをかくそうともしなかった。
稲荷山公園駅に電車が到着した。小さな駅舎。高い建物もなく、妙にだだっ広い感じがする駅前には、すでに暑いくらいの日差しがまぶしく照りつけていた。
踏切をこえ、公園に向かう。風は少し強いことを除けば、絶好のフェス日和だった。
公園を横目に歩き、会場からすこし離れた場所にあるレストラン。そこを借り切った楽屋に幸運にも(たしか)一番乗りで到着するやいなや、続々とメンバーが集まってきた。