トノバンズ物語:加藤和彦トリビュートバンド By 平松稜大(たけとんぼ)
ひとり、またひとり、ステージから姿を消していった。あとに残された熱っぽい沈黙の中で、ピアノの音がさわやかな初夏の空に届いてゆく。
「あっという間の1時間…15分くらいですね」
きたやまさんが締めのあいさつをする。
「ありがとうございました。みなさん、いかがでしたでしょうか。それではまた、50年後にお目にかかりましょう」
そうきたやまさんは言うと舞台袖の奥へと消えてゆき、高野さんのギターがゆったりとメロディを奏ではじめた。
8小節後、沈黙をやぶるようなユカリさんのドラムフィルでバンドがインする。後のりだが、もたつくことのない絶妙なテンポ感が心地よい。レイド・バックってこのことか。
1970年代、まだ誰も見たことがないような世界を突如日本にあらわしたサディスティック・ミカ・バンド。そのアルバム「黒船」から「嘉永6年6月4日」を演奏しきって、長く短いトノバンズのステージは終わった。
不思議なことにあの日、全員の集合写真を誰も撮っていなかった。
惜しいことをしたなあと皆口をそろえて言っていた。あの日は誰もが少しでも思い出に残したかったことと思うし、僕自身この日のことを一生忘れることはないだろうから。
あこがれの人たちと同じステージにあがれたことはもちろん、ひとりの観客としてもあの稲荷山公園の緑と音楽に囲まれて、心ゆくまで、という言葉がぴったりの充実した1日であった。
次にこの人々が集まるのはいつかわからないが、確実にあの瞬間、我々はひとつのバンドだった。共鳴しあい、我々にしかできない音楽があの日、たしかにあった。
もしかしたら、もう二度とないかもしれない。
もしかしたら、また会えるかもしれない。思っているよりも早い時期に…
平松稜大(たけとんぼ)
平松稜大(たけとんぼ)
東京都内を中心に活動するフォークおよびロックグループ「たけとんぼ」の作詞作曲、ギタリスト、ボーカル。1994 年生まれ。いて座。1970 年代の洋邦楽から影響を受け、ウエストコーストロックや日本のフォークを基調としたアコースティックギターとコーラスワークを持ち味とする。
2022 年 7 月、曽我部恵一主宰のレーベル・ROSE RECORDS より初のフルアルバム「たけとんぼ」をリリース。バンド、ソロ、サポート問わずライブ活動を断続的に行なっている。